本の紹介(No.18)
「ホームレス日記ーー娘恋しやほうやれほーー」(福沢安夫著)
本書の著者福沢安夫は1941年(昭和16年)北関東の農家の生まれ。
高校卒業後、準大手の証券会社に勤め、課長職をつとめていたこともある。
しかし、株で借金をつくってからは、まるで坂を転がるようにして、1999年8月
から上野でホームレス生活をするようになった。自ら描いたボールペン画
(本書にはその画が多数収録されている)を売って生活していたが、「還暦」を
待たずして、2000年9月に急死した。高血圧による心筋梗塞が死因であった。
本書は著者の死後、支援者の手によって一冊の本にまとめられたもの。
本書のサブタイトル「娘恋しやほうやれほ」は、森鴎外『山椒太夫』の一節を
もじって作られている。福沢安夫には二人の娘がいた。本書の殆ど最後の
部分で著者は、次のように書いている。
〇
娘たちはまだ二人とも結婚していないと思うが、やっぱり自分の子供だから
結婚するときには、わがままな言い草かもしれないが、堂々と式に出席したい。
家内とは離婚していると言っても、血のつながりは消せるものじゃない。
確かに今のわたしは、堂々と娘の結婚式に出られる状況ではないよね。
今はまだ娘たちもわたしのことを許せないと思っているかもしれない。だけど、
こうやって絵を描いてがんばって少しずつ少しずつそういう状況に近づけようと
している。絵でもう少し成功して、世間に認められるようになって、娘たちの
結婚式に間に合えばいいなと思っているんだよ。
〇
本書は、こんな語り口で一人のホームレスが、その日常生活と自分史、
そして捨てた家族に対する「思い」を書いている。一般の人がうかがい知ることの
できない以下のような「ホームレス生活」。その一端を本書は数多く提供してくれる。
・銀杏拾い
ホームレスの“仕事”で一番金(かね)になるのが銀杏拾い。銀杏の(いちょう)の
木は上野公園、芸大、東大の近くにある。また、公園の周囲にも銀杏の木は
沢山ある。拾った銀杏の皮を剥ぎ、バケツの水で洗う。その後、天日で乾かす。
臭気とカブレには相当悩まされる。
・正露丸
ホームレスにとって正露丸は必需品だ。ホームレスの食事は、主として
レストラン等から出る残飯。多少気をつけていても、下痢をすることが多い。
ホームレスと下痢は切っても切れない関係にあり、従って正露丸は手放せない。
かつて評判を呼んだ林光(元三井信託銀行員のルンペン)による
『ルンペン学入門』(1976年・ペップ出版)に次ぐ、この分野の貴重な文献である。
著者の死が惜しまれる。(O.R)
(2000年・小学館文庫・476円+税)