本の紹介(No.20)

「ザ・ラスト・ワルツ
ーー「姫」という酒場ーー」 (山口洋子著)

 夜の銀座。まばゆいばかりのネオン。美しく着飾った女たち。そして、
嬌声。バーやクラブを訪れる作家、タレント、プロ・スポーツ選手、財界人、
政治家……。その華やかな銀座も裏から見ると、暴力団、借金地獄、
自殺(未遂)、そして「週刊誌ダネ」となる様々なスキャンダル。ドス黒い渦が
まく汚れた世界。これが銀座のもう一つの顔である。
 本書の著者山口洋子は、美空ひばりと同年齢。名古屋に生まれ、母親と
二人で上京、東映撮影所に通いながら銀座のキャバレーでアルバイト。
アルバイトが本業となり、銀座で本格的にホステスをして稼ぎ、何とか
三百万円を捻り出し、自分の店「姫」をオープンした。一九五六年八月八日、
銀座七丁目の木造二階建ての二階。ボックスが二つ半とカウンターに
スツールが三〜四脚という小さな店である。そのとき著者は十九歳、
三人のホステスは皆年上だった。
 その後何回も移転し、一九六〇年代に入って、いわゆる電通通りへ移る。
これから「姫」の華やかさが始まる。「黒い花びら」で第一回レコード大賞を
とった水原弘、勝新太郎、石原裕次郎、金田正一(国鉄スワローズ選手)が
当時の客であった。阪神タイガース野村克也監督も若き時代に南海ホークスの
エース杉浦忠とともに「姫」を訪れていた。
 太洋ホエールズの遊撃手鈴木武も客の一人。野球のバッグを嫌い、風呂敷
包みに用具いっさいを丸めて包んで球場へ行くという変わった選手。「姫」に
寝泊りし、そこから横浜の球場に通ったという豪傑である。
 ホステスのスカウトの裏話も興味深い。ミスユニバースの飯野矢佳代が
銀座で働きたいとの情報を得、著者は母娘二人暮らしのアパートをようやく
探しあてる。契約金は二百万円、その他に母親に手土産代に五万円の
封筒を差し出す。このあたりを読んでいると銀座の高級クラブの値段が
高いのがよくわかる。著者がスカウトしたときの飯野矢佳代の年齢は十九歳
だった。その後、飯野矢佳代は「姫」から他の店へ移った。ある日、ふらりと
著者を訪ねてきた二〜三日後自宅の置炬燵から出た火で焼死した。
飯野矢佳代だけではない。本書には自殺した美貌のホステスまことの
死の顛末も語られている。
 一九六〇年、「演歌の虫」などの作品で直木賞を受賞した著者。
「ブルーライト・ヨコハマ」などの歌詞で知られる詩人としても広く知られている。
もうひとつ「野球評論家」の顔を持つ。読み進んでいくと、本書は著者の
「サクセスストーリー」に見えていたものが、段々とちがうものに見えていく。
病気、「姫」の不振、借金の山……。あとがきには、本書は「姫」の
女主人

(マダム)と作家としてのバランスをとりながらできるだけ正確に、
まっ正直に綴ったという主旨の文が書かれている。本書は戦後高度成長期の
裏面を活写した社会史、経済史として読むことができる。「解説」は古くからの
客であった野坂昭如が担当している。(O.R)

(2000年・文春文庫・476円+税)

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