本の紹介(No.26)
「パリ・世紀末パノラマ館
−−エッフェル塔からチョコレートまで−−」(鹿島 茂著)
仏文学者(共立女子大学教授)で、古書の世界や19世紀フランス社会に
強い関心を持つ著者による約100年前のパリを「パノラマ風」に解説した本。
文章はしなやか。イラストも豊富、時間を忘れて読み進んでしまう。
鉄道の発達が、読書の習慣を中産階級にまで広げた。当時の3等車には
下層階級が乗る。中産階級の人々が乗る1・2号車は、定員3人または6人の
コンパートメント。見知らぬ他人と話をしたくない場合は読書をするに限る。
そんな場合、気軽に読めて時間を忘れることのできる小説が適している。
そこで、鉄道各駅には「鉄道双書」という廉価本を売るアシェット書店が店を
構えるようになる。「小説が飛躍的に部数を伸ばし、小説家という職業が成立
したのもすべてはこの「鉄道双書」のおかげだったといっても、けっしていいすぎ
ではないのである」とは著者は解説する。
鉄道といえば、オルセー美術館の来歴も面白い。オルセー美術館の建物は、
元々オルレアン鉄道が1900年の万博にあわせて開設したオルセー駅の駅舎。
一時は「あんな悪趣味でグロテスクを過去の遺物は恥さらしだから早く壊して
しまえ」と酷評されたこともあった。しかし、時代が変わると”レトロ”の対象。
いまやパリ観光の目玉となったオルセー美術館として生まれ変った(1973年の
こと)。
コンビニの先駆者は19世紀末パリにある。思わず「エッ!」と思うが、これは
本当のこと。1820年生まれのフェリックス・ポタンが自らの名をつけた食料品を
中心とした地域密着型の小型スーパー「フェリックス・ポタン」は今日でもフランスの
街角アチコチでみることができる。間接費のカット、直営の食料品工場と倉庫の
設置、”量”の確保のための多数店舗の展開など、今日のコンビニのコンセプトと
一致する。また「FELIX POTIN」というロゴのこだわりなども今日に通じる。
パリ中を通る商品配達用馬車にロゴが書かれ、馬車自体が「広告塔」の役割を
果たしていた。
その他、1816年に創業したチョコレートの量産をはかり大衆化したムーニエ社
(それまでチョコレートは特権階級の知る高級品だった)、1895年にリュミエール
兄弟によって公開された「シネマトグラフ」(映画)、1889年のパリ万博のシンボル
として建設されたエッフェル塔は20年後に取り壊されることになっていた等々
興味が尽きない。(O・R)
(2000年・中公文庫・724円+税)