本の紹介(No.33)

「粋で野暮天」(出久根達郎著)


  古書店を営むという商売柄、様々な分野の珍しい本が登場し、
読者を楽しませてくれる。白沢実『ペット探偵のゆううつ』は、迷子の
動物を探し回ることを職業にしている人が書いた本。パットムーア
『変装』は、変装が趣味という人が書いた本かというと、そうではない。
3年の間老人に変装していた人物の体験記。しゃがれた声を出す
ための方法なども具体的に記されているという。出久根育『おふろ』は
絵本だ。1992年に武蔵野美大を出た女性が書いた本。著者と姓は
同じだが、親類ではない。著者の出身地は茨城県。出久根育は
静岡県。『おふろ』の縁もあり著者と出久根育は本書の表紙の
イラスト画を担当することになる。和太鼓をたたく著者の絵だ。
  著者が中学を卒業して古本屋に就職した昭和30年代半ばの
頃は、貸本屋の全盛時代。著者のつとめた古本屋でも貸本屋を
兼営していた。以下は当時の裏話。
          〇
  ・・・当時、「明星」と「平凡」という芸能雑誌が、若者たちに人気が
あった。
  定価は150円前後だったと思うが、これを1日15円で貸し出す。
仕入れ値は120円だから、8回貸せば元が取れる。元を回収した
段階で、店頭から引きあげる。
  私のつとめていた店では、毎月、2誌をおのおの20部ずつ
仕入れていた。それだけ読者が多かったのである。10日ほどたつと、
半数を引きあげ、古本として定価の半分で売る。これが利益になる。
更にこの二つの雑誌には、毎号、歌謡曲歌詞集が別冊付録で
ついている。この付録も引っぱり凧であったが、こちらは貸本には
しない。貸すと戻ってこない恐れがあるからだ。発売日に付録だけ、
本誌定価の3分の1で、古本屋で売った。付録だけほしいという
読者が、たくさんいた。
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  著者は3年ほど貸本屋で働いた。その間好きな漫画を存分
読むことができた。自分自身で漫画を描いたりしていたが、こちらは
芽が出なかった。一方、文章の方では1993年直木賞受賞
(『佃島ふたり書房』)快挙を成しとげた。(O.R)

(2001年・文春文庫・552円+税)


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