本の紹介(No.13)

新文化事彙」(内藤智秀・山川康一共編)

  この本は、今からおよそ80年前の大正10年10月に発行された教養書
である。大正デモクラシーの最中に出版されたもので、主として、哲学史、
教育史、法律・経済、科学、文芸などについて書かれており、文化辞典としても
使えるように造った、と凡例に述べている。大正10年とはどのような時代で
あったのだろうか。
  米国では350万人の失業者があふれ、原 敬、安田善次郎が暗殺され、
ワシントン軍縮会議が開催された。日本は2年後に関東大震災があることは
誰も想像できなかった。そのような時代である。
  さて、本書の目次を見てみると、大きく「哲学」「宗教」東洋思想」「政治及
法律」「社会及経済」「科学」「教育」「文芸及美術」の8項目に分類されている。
また、目次以外に主要な単語で引けるインデックスが用意されている。
  個々の項目は、現在でも百科辞典等により調べる事が可能であるが、
当時の考え方が強く出ているものを見てみよう。
  哲学では、”最近哲学”として、物質不滅の法則を唱導した”モレショット”、
新観念論の”トレンデレンブルグ”、”ロツツエ”、プラグマチズムを唱導した
”ウイリアム・ゼームス”、人生哲学を唱導した”ルドルフ・オイケン”、”アンリ・
ベルグソン”などについて書かれている。宗教では、民族的宗教として
”バビロニア、アッシリア”、”儒教”、”道教”、エジプトの宗教”、セム民族の
宗教として、”イスラエル”、”ギリシャ”、”ローマ”、”回教”などの宗教、
アーリア民族の宗教として、”古代ギリシャ”、”古代ローマ”、”インドの
バラモン・仏教”、などについて述べている。これらについてはちょっとした
宗教辞典並に詳細に説明されている。
  東洋思想では、日本と中国の仏教について、およそ130余頁にわたり
十分過ぎるほど詳細に説明されている。
  
政治及法律では、イギリス、アメリカ、フランス、プロシア、ドイツなど
夫々の憲法の沿革が記述されている。特に、フランス憲法については、
1789年フランス革命の人権宣言から三権分立など種々多くのことが
記述されている。
  国家客体説、国家状態説、国家人格説、国家契約説国家有機体説、
三権分立説、神意説、自然法説、総意説、法律確認説、慣行説、国家
黙認説など多くの学説が飛び交っている。どの説が有力であったかは
明確ではない。
  刑法についても、絶対主義、刑罰相対主義(威嚇主義、心理強制主義、
防衛主義、特別予防主義)、刑罰折衷主義、イタリ−学派、刑事社会学派、
心理的意志必至説、意欲主義、準則主義、属人主義、属人法主義、属地
主義、天賦人権説に分類されている。陪審制度についても若干ふれている。
  ”社会及び経済”では、マーカンチリズム、フィジオクラシ−、セ(サ)ンディカ
リズムなど現在ではほとんど聞くことのない言葉も表れる。
  ”科学”では、まず「気体飛道説」が出てくる。また、「進化論」について
詳しく説明している。自然淘汰説(ダーウィン)、雌雄淘汰説、人為淘汰説、
ラマ−キズム、ワイズマニズム、ノンデリズム、ユーゼニックスなど。
  ”教育”では、スパルタ教育、アテネ教育、ローマ教育、ルネッサンスの
教育、自由主義教育に続いて、教育学者の紹介をしている。例えば、
コメニウス、フランケ、バセドウ、ヘルデル、ペスタロッチ、ニーマイエル、
ベネケ、ヘルバルト、フレーベル、ローゼンクランツ、ベイン、ナトルブ、
ベルゲマン、デューエイ、デーリング、エレン・ケイ、などまだまだ多くの人を
紹介している。
  ”文芸及び美術”では、初めにロマンチシズムを紹介し、ニイチェ、
ブランド、ゾライズム、バルザック、その他多くのことが紹介されている。
  この本では、主に人名と主義主張の紹介を行っており、全体の流れを
捉えるのは難しい。(M.D)


(内藤智秀・山川康一共編、大正10年・一誠社)

前のページに戻る