本の紹介(No.14)
古今事物起源完」(厳山楼)

  この本は、事物起源に就いて世間で多く発行されているものの内の
一冊である。現在でもこれに類する本は毎年多く発行されているのが
現実である。比較的有名なものとして、大正15年10月に発行された
「増訂 明治事物起源」
(春陽堂版)がある。また、それ以前の明治33年に
発行された「俚言集覧」
(村田了阿著?)も語源事典として著名なものの
一つである。掲載している項目数としては「俚言集覧」が圧倒的に多いが、
説明の判り易さは「増訂 明治事物起源」が勝っているように思う。ただし
内容の正確さにおいてはそのままソースデータとして引用する事は危険で
あろう。戦後の昭和39年に新たに発行されたもので「近世事物起源考」
(速水建夫著、昭和39年、魚住書店) というのがある。以上の3冊は辞典として
使用する以外に、読み物としてランダムにページを開いて眺めるだけでも
面白い本であるといえる。
  さて、「
古今事物起源」は今から凡そ88年前に発行された。総頁数
600頁余りで本文の外に52頁の索引がある。この本で取上げている項目
のうち、興味のあるものをいくつか挙げてみよう。
  ”博士号辞退”を見てみよう。博士号は”学位令”として明治20年5月
勅令第13号により公布され、明治21年5月第1回の学位授与を25名に
行った。時代が下って明治44年2月、元文科大学講師”夏目金之助”
(作家 夏目漱石)氏に対し、博士会の決議に基づき文部省は
文学博士の学位を授与しようとしたが、本人が辞退をした。辞退に
対しては先例が無いため、文部当局はその措置に窮し、議論の結果
「学位は絶対に返付すべき性質のものにあらず、夏目氏の博士号を
称すると否とは敢えて問う所にあらず、故に当然文学博士と認む可き
ものとす」として授与する事に決定した。このような結論にもかかわらず、
その後の”作家 夏目漱石”は”文学博士 夏目漱石”の形で呼ばれる
事は無かった。
  ”長崎上海間ノ海底電線”を見てみよう。日本と外国の間で最初に
敷設されたのは、明治4年デンマークの大北電信会社により、ウラジオ
ストック〜長崎間(約880km)、長崎〜上海間(約1,400km)であった。
海底電線についたは古い歴史がある事がわかる。
  ”雨量計ノ創案者ハ朝鮮人ナリ”では、従来欧米では雨量計の
発明者は1600年代のイタリア人カステリであると信じているが、仁川
測候所長和田理学博士の調査によると、朝鮮においては既にそれより
以前の1142年国王の命により、諸所に雨量計を設置して時々雨量の
報告を朝廷に呈上したという。従って、朝鮮で創案したものが世界最古の
ものである、とこの本では記述している。当時のヨーロッパでは、朝鮮で
既に発明された情報が十分に伝わらなかったのではなかろうか。
このことについて一般に公表されている科学資料ではヨーロッパの
発明しか記載されていないようだ。
  最後に、”仏前結婚式”について。日本古来仏前結婚式と言うものは
なく、ただ一般習俗の三々九度を行うにとどまっていた。明治42年11月、
津村別院の松原氏及び島地黙雷等が謀って、松原氏の令息”至文”が
郷里の三重県光明時にて同村の和浪久右衛門の令嬢”さよ子”と結婚
したとき、仏前において式を挙げたのが、仏前結婚式を行った始めである、
と言っている。この件に就いては他の資料で確認できないので、真実か
否かは判らない。
  さて、以上の例のようにこの辞典の特徴は、他の辞典では出てこない
ような項目が見られることである。明治45年は今から約90年前に当り、
この時代に是ほどの内容のものが出来た事については脅威であるといえる。
大正時代に入る直前の、明治の名残が色濃く残る背景を覗う事ができる
ものの一つである。


  この時代には、次のような辞典が発行されている。
   故事成語大辞典(簡野道明著、明治40年、明治書院)
   故事熟語大辞典(池田四郎次郎著、大正2年、東京寶文館)
   諺語大辞典(藤井乙男、明治43年、有朋堂)
   俗語辞海(松平圓次郎・山崎弓束・堀籠美善、明治42年、集文館)(M.D)

(遠藤 巌編、明治45年、厳山楼)

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