本の紹介(No.18)

詞藻類纂」(芳賀矢一著)
「新撰俳諧辞典」(岩本梓石、宮澤朱明共著)


  「詞藻類纂」は、初版は明治40年(1907年)10月、今からおよそ93年前に
(株)啓成社から発行されたものである。この事典は引用語事典の先駆け
と言えるもので、ある言葉(単語)について、その同意語と言葉が使われて
いる物語、短歌、俳句、川柳、俚諺、漢詩など幅広い日本語の引用語
事典である。発行されたのが明治時代であるため、大正以後の流行言葉、
カタカナ語、造語などは当然含まれていない。明治時代以前の古来から
使われた、いわゆる”古典語”が主体である。現在の日本語で表現できない
情緒的な言葉が数多く登場してくる。索引できる単語数は、およそ450語で
あるが、一つの単語の同意語の数は十数倍以上あり、読む事典としても
面白いといえる。
季語集として最も有名なのが、「俳諧歳時記栞草」(曲亭馬琴、藍亭青藍編輯、
嘉永3年刊、明治25年大川屋書店復刻出版)であろう。最近岩波文庫からも出版
されている。
  一方「新撰俳諧辞典」は、昭和元年(1926年)12月に大倉書店から発行された
もので、タイトルの通り俳句の季語が主体であるが、日本や中国の古来からの
歳時記、地名、建築物、人名なども集めたものである。ページの最後に、
”俳諧人名譜”及び”俳諧年表”が付いている。この辞典も言葉の説明を参考に
することができる。数多く発行されている季語集のなかでも、本書は読んで
楽しい辞典といえる。通常あまり聞くことのない言葉が季語にはある。季語
独特の言葉であろう。本書で取上げている季語は、およそ8千語におよぶ。
季語集としては大変な語数であろう。

  「詞藻類纂」から事例をいくつか紹介してみよう。
  【こがらし】 木枯
         かへしの風、つま吹く風、山おろし、あらし、木々の嵐、
         木々の木枯、嶺のこがらし、こがらしの音、ふきと吹く、
         吹きしをる、吹きあれて、吹きたゆむ、こゑ寒し、音のはげしき、
         すさまじき、さびしき、梢
(こずえ)をはらふ、秋の色をはらふ
  この後、上記の言葉を使用している事例が数多くあげられている。
  【しも】    霜
         元眞、青友、鉛華、玉屑、鑄玉、成花、凝暁、横秋、封條、隕葉、
         倒蓮、破菊、九月蕭、白土休
         おきまよふ、霜をれ、鳥のあと、霜ばしら、霜がれ、霜さやぐ、
         霜けぶる、霜こほる、霜さゆる、はつしも、葉分の霜、霜の衣手、
         夜床の霜、霜のむらぎえ、霜の八重ぶき
  ここに紹介した言葉のうち、いくつかは昭和初期に発行された”新撰俳諧辞典”
(昭和元年、大倉書店)にも収録されている。
  【もみじ】  紅葉
         霜葉、黄葉、錦しゅう、渥丹、楓樹、楓林、深紅
         わか楓、つたもみぢ、はじもみぢ、はつしほ、ちしほのもみぢ、
         露の下染、色のちぐさ、もみぢのにしき、うすき梢、波もいろそふ、
         からにしき、くれないのむらご、もみぢ重ねの袖、白つゆのいろどる、
         木々のにしき
  上記の言葉も”しも”と同様に季語として使用されているものがある。
  上記の2つの事典の特徴は、多くは明治の終わり頃まで使用されていたと
思われるが、現在では残念ながら多くの言葉が失われている。日本人の生活、
習慣が外国との交流により大きく変化したため言葉も時代と共に変化したと
いえよう。最近”言葉に情緒がなくなってきた”といわれているが、日本語には、
元々”情緒的な言葉”が多くあったことがわかる。(池田)

(「詞藻類纂」・芳賀矢一著・明治40年・(株)啓成社、
「新撰俳諧辞典」・岩本梓石・宮澤朱明共著・昭和元年・大倉書店)

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