本の紹介(No.19)
「歴史地理」第13巻、第14巻(歴史地理学会)
この本は、明治11年創刊された月刊誌である。ここで紹介する分は
明治42年発行の第13巻及び第14巻各6冊の合計12冊で、今からおよそ
90年前に発行されたものである。内容は歴史を地理学的に考察し、
地理を歴史学的に考察することを主眼としており、この一年間の内容を
見る限り相当レベルの高い論文が掲載されているのが判る。また日本
のみならず、海外の事についてもきめ細かく研究している論文を掲載して
いる。創刊時のものは見ていないので分からないが、ここで取り上げた
第13巻、第14巻は創刊後30年を経過していることでもあり、掲載された
論文の内容が充実していて、読者はある程度満足している事と考えられる。
参考までに、同時代に発行されていた同種の雑誌として「歴史と地理」
「地理と歴史」がある。
第13巻及び第14巻では連載して取上げているテーマもある。
@ 京坂及び東北地方城郭の比較
京阪地方では、城郭建築の模範であり、築城の諸形式を備えており、
天守閣にその価値を見出すことが出きる名古屋城(愛知)と姫路城
(岡山)の二つを取り上げている。説明には図面を使って行っている。
東北地方では、青葉城(仙台)と会津鶴ヶ城(福島)を取り上げている。
A 江川太郎左衛門の研究(上、中、下)
江川太郎左衛門については、伊豆国韮山に屋敷を持ち江戸幕府の
代官として有名である。本書”上”では、江川太郎左衛門が行った
種種の業績と多くの人との人間関係を述べている。
また”中”では、江川太郎左衛門が書いたと言われる天城山における
狩猟図について述べている。江川太郎左衛門は、”江川式修練法”を
創出している。上記の狩猟図は江川式の図ではない。また江川式の
写生図はこの時点で発見されていない。
”下”では、”海防論”について述べている。
また単独で掲載されている論文についても、興味あるものが多く見受け
られる。例えば
@ 以太利「カラブリヤ」州の大地震、破壊せしメッシナの今昔(上、下)
以太利「カラブリヤ」州の大地震については、明治41年12月28日に
起きたもので、地震による大津波のため20万人を超える死傷者が
出たことを伝えている。また、日本ではこの様な被害は考えられないと
筆者は述べている。(この地震の15年後に関東大地震が起き、死者・
行方不明者合せて14万人以上の被害となった)
A 伊能忠敬の實測図に就きて
伊能忠敬が如何なる順序で全国を測量し、如何なる人達と労苦を
共にしてこの大事業を完成したか、について記録をもとに概略を紹介
している。このなかで伊能忠敬の測量方法は、三角測量方ではない
ことを伝えている。
B 黒田如水
黒田如水孝高(よしたか)は、安土桃山時代の武将・キリシタン大名、
職隆の子であり、播磨で生まれた。織田信長・豊臣秀吉に仕えた。
その事蹟について”黒田家旧記”により詳しく紹介している。また、
黒田如水その人に付いては、”黒田故郷物語”、”太平将士美談”、
”黒田臣翰譜”、”黒田家譜”、”武隠叢話”、”寛政重修諸家譜”の
文章の一部を引用して紹介している。
C 遠江の史蹟研究
ここでは、”大日本地名辞書(吉田東伍著)”の誤謬について指摘して
いる。この辞書は、明治時代に発行された最も著名な地名辞書の
ひとつと言われている。この辞書の中に、遠江の史蹟に関する幾つかの
記述の誤りを、”宗長手記”、”名古屋合戦記”、”正廣日記”、”駿河
新風土記”など多くの史料に基づいて指摘している。
以上、4件について紹介したが、この他にも興味のあるものは次回以降に
行うこととしたい。(池田)
(日本歴史地理学会、明治42年)