本の紹介(No.24)

鉄道省鉄道旅行案内(鉄道省)

  この本は、今から70年前の昭和5年に発行された、日本国内を鉄道を
利用して旅行するために、作成されたものである。残念ながら当時日本の
領土であった樺太、朝鮮、台湾などは含まれていない。また、沖縄も含まれて
いない。現在人気のある鉄道の廃線跡を調べるにも、少しは参考になっている
のではなかろうか。

  当時の鉄道省からは、この本とは別に”日本旅行案内”が出版されている。
地方別の案内書は、ここで紹介する”鉄道旅行案内”よりも詳細に記述されて
いる。従って、”鉄道旅行案内”は、日本全体の鉄道各駅及びその周辺の
概略について説明しているものである。
  ここに書かれている所在地の当時の状況と現在の状況と比較してみると、
非常に興味深いところが見つかる。特に、海岸などの埋め立てが行われた
地区、当時の市街地の周辺地区、新たに鉄道が開通した地区、などに大きな
進歩の跡が見られる。
  最も大きく変化したのが東京周辺ではなかろうか。東海道線の項目を
すすめてみると”大森”に”大森海水浴場”がでてくる。旅館として、”大森
ホテル”、”望翠樓”が、名物として”乾海苔”がある。”茅ヶ崎”、”平塚”、
”大磯”には、夫々海水浴場が紹介されている。箱根湯本、強羅、草雲山、
などが紹介されている。この時代はまだロープウェイは開通していない。
  本書が書かれたとき東海道線は、現在の御殿場線が本線であった。
(当時は国府津から熱海までは”熱海線”)今、御殿場線に乗っていくと、
昔は複線であったことが判る場所がある。また、一部、別の路線を走って
いたところも路線跡としてあるので車窓から見ることができる。もちろん、
本書が書かれた時代は、蒸気機関車全盛であったので、当然、水、石炭の
補充をする駅が必要であったが、その中心であった御殿場駅も残念ながら
現在は、その面影はほとんど見ることが出来ない。
  本書には、写真もいくつか載っている。一つは、東海道線の阿部川を渡る
SLが先頭に2連の写真、一つは、東海道線から取り残された御油宿の写真、
一つは、大正から昭和初期にかけての草津追分の写真、など。
  また、本書には付録として”羇旅
(きりょ)漫録”(瀧澤馬琴)、”旅行用心集”
(八隅蘆庵)、”道中用心六十一ヶ條
(道中用心集より)”(八隅景山)、”諸国郷土
玩具調”、”全国桜の名所番付”、”全国梅の名所番付”、”全国躑躅
(つつじ)
名所番付”などが掲載されている。
  現在では、多くの自治体がシンボルマークを定めているが、本書でも、
当時のシンボルマークを紹介している。現在、定めているシンボルマークと
同じかどうかは比較していないので不明である。
  なお、同じ時代に並行して”日本案内記”が鉄道省から発行されている。
この”鉄道案内記”は、全国を東北、関東、中部、近畿、中国・四国などの
区分で分冊により発行している。この案内記は非常に詳しく各地を説明して
おり、当時の状況がある程度把握できるといえる。従って、当時の地方の
状況が手軽にわかる本としては、本書が良いのではなかろうか。
  現在は、旅行に関する書籍(単行本、雑誌)が書店の重要なコーナーを
占拠している時代である。世界中、24時間以内にどこへでも行けるように
なっても、書籍で見るより、やはり実際に現地へ行ってみて感動する方が
すばらしいことだろう。江戸時代の徒歩の旅、明治時代の鉄道・バスの旅、
現在のジェット機・バスの旅と旅行の方法が変化しても楽しいものである。
  旅行案内書と共に愛読されている時刻表について一言。全国の鉄道の
時刻を1冊の本にまとめて公刊した時刻表の創始者は、イギリスの印刷業者
ブラッドショー George Bradshaw(1801‐53)で,1839年10月19日発行の
《ブラッドショーの鉄道時刻表》第1号から始まった。
日本では、東海道本線の
新橋〜神戸間が全通した1889年(明治22年)の8月に、大阪の忠雅堂が
刊行した《日本全国汽車時間表》が,冊子式全国鉄道時刻表の最初である。
(以上「世界大百科事典」(平凡社)より)(池田)

(昭和5年、鉄道省)

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