本の紹介(No.26)
「思潮文献 日本自殺情死紀」(山名正太郎著)
この本は、今から73年前の昭和3年に出版された本である。著者は”大阪
朝日新聞記者”であった。自殺(自死)について書かれたものは多くあると思うが、
小生の手元には、「自死の日本史」(モーリス・パンゲ著、竹内信夫訳、筑摩書房)、
「現代のエスプリ別冊 自殺学シリーズ(全5冊)」(至文堂)、「国文学 解釈と鑑賞
459 作家と自殺」(至文堂)がある。なお「自死の日本史」は既に文庫本でも発売
されている。日本の江戸時代以後の歴史のなかの自殺といえば、武士が責任を
果たすために行った”切腹”と庶民の間で行った”情死(心中)”ではなかろうか。
しかし時代が進歩しても人間の自殺に対する本能は江戸時代からどれほど変化
したであろうか。
本書では、日本だけでなく外国における自殺についても記述している。
本書の目次を紹介しよう。
1章 自殺概史
2章 自殺心中三千年史
3章 自殺心中世相史
4章 遺書及び絶筆集
5章 自殺家印象録
6章 自殺心中風土記
7章 『自殺論』論説集
第2章では、@上代の古事記、日本書紀に登場する自殺、A殉死及び
切腹、B心中ものがたり、C旧幕時代悲劇、D幕末開国犠牲、の5篇を
68ページに渡って記述している。中世における心中についての思想的な
考察が「吉野拾遺」のなかの”若黨”と”内侍”の心中を通して紹介されて
いる。寛永年間に起こった同性の心中は男色が流行している時代背景が
あったとしている。また、元禄8年に実際に起こった”赤根屋半七・みのや
三勝 一件書”といわれている「心中検死書」について紹介している。この
心中事件は、大阪でも評判となり、浄瑠璃で演じられている。
大阪では、元禄15年に湯女と歌舞伎役者、16年に”曽根崎心中”、
翌年の寛永元年に”心中重井筒”、4年後に”今宮心中”、正徳5年には
”生玉心中”、享保5年に”天綱島”など多くの心中が連続して記録されて
いる。
心中は、大阪だけでなく江戸にも起こった。延亨3年、新吉原で津軽
藩士と娼婦の心中失敗事件が表沙汰になり、日本橋で晒し者になった。
一方、明和6年に幕府賄方役人と遊女が情死したが、表沙汰になることなく
2人とも本所慈眼寺に葬られた。
赤穂四十七士の事件から50年後の寶歴時代に、薩摩の七十九士の
うち五十士が尾濃の3大川の治水工事にまつわる自刃事件が起きている。
社会事業における自殺としては、大きな事件であったであろう。
幕末開国の犠牲になったものとして、蘭学者・渡邊崋山、江戸の志士・
山本貞一郎、清水寺寺侍・近藤正慎、武市半兵衛、僧・月照、信海、饅頭屋
長次郎、松平図書守康秀などがいる。
自殺心中世相史では、明治時代以降の自殺を紹介している。ロンドン
での鉄道自殺、赤坂仮皇居表門前での軍人の割腹自殺、藤村操の華厳の
滝での投身自殺、親子心中の流行、迷信による自殺、作家芥川竜之介の
自殺、など多くの自殺について書かれている。
遺書及び絶筆集では、北村透谷、藤野古白、藤村操、川上眉山、松井
須摩子、有島武郎など、全部で43件の事例を紹介している。
最後に、『自殺論』のなかで、この論文を書いてから10ヶ月後に実際に
自殺した北村透谷が論述している。題して”桂川を評して情死に及ぶ”で、
この論文は明治26年7月の「文学界」、第12号に発表されたものである。
ここで、他の本を少し紹介したい。まず、”フランス第一級の知識人による
透徹した日本文化論”という紹介の、「自死の日本史」(モーリス・パンゲ著、
竹内信夫訳、筑摩書房)をあげる事が出来る。この本は、フランス人でありながら
日本人の自殺について、歴史的感覚による極めて実証的な分析を行い、
その本質を透過している。著者自身の”日本版への序”のなかでも、意志的
な死、パリサイ的偽善、いじめ自殺、などの項目を設けて、日本人の中に
ある”自殺”(自死)について特筆している。最後の章では、”三島的行為”を
取上げ、日本人が持っている数百年来の”切腹”(腹切り)を論じている。
シリーズものでは、「現代のエスプリ別冊 自殺学」(全5巻、至文堂)、が
あるが、その第2巻では”自殺の心理学・精神医学”が、第3巻では
”自殺の社会学・生態学”が特集されており、各種の自殺のパターン、
社会的背景による分析が細かくなされており、現代人の自殺に至る経緯が
見て取れるようである。その他「国文学 解釈と鑑賞 作家と自殺」
(459号、至文堂)、古いものでは、「別冊新評 作家の死 日本文壇ドキュメント
裏面死」(第5巻第3号、新評社)に過去に自殺した作家が紹介されている。
現在でも自殺は、毎日どこかで日常茶飯事に起きている事件である。
江戸時代の武士と違って、死ぬことが”美”であるはずがないことは、誰でも
認識している。”苦”から逃れるための手段として起きている場合もあろう。
また、自分の行為の真実を証明するために自殺をすることもあろう。政治家、
文化人、社会的に認められた人、など多くの人が自殺している。最近では、
キリスト教国である外国でも自殺する人を新聞、テレビなどで報道している。
クリスチャンは確か聖書(出エジプト記20章13節、使徒行伝16章27〜28節)において
自殺を禁止していると思っていたのだが、そうではなさそうである。
いずれにしても自殺の真相は、自殺者本人にしかわからない永遠の謎
である。(池田)
(山名正太郎著・昭和3年・大同館書店)