本の紹介(No.32)

「風俗史の研究」(桜井 秀著)

  この本は、今から72年前の昭和4年に発行された風俗に関する歴史書
である。風俗史については、既に江馬 務氏が先駆を果たしているが、
桜井博士は江馬氏とは別の角度からの研究を行ったとしている。
  本書をこの様な観点から読み進めていくと、納得のいくところが随所に
見られるはずである。目次の構成は、各項目毎に独立していて、どの項目
から読んでもいいようになっている。項目数は、全部で34項目あり、
雑誌
「風俗研究」に所載のものも含まれている。

  平安朝児童の精神生活       近代公家の私的年中行事
  平安朝の染織工芸          近世の和歌御会始
  平安朝に於ける舞踊について    雛遊史考
  平安初期の世相            初春に於ける工城の大奥
  中古に於ける理髪様式        近代玄猪の風俗
  掩韻の遊に就て           
禁中及幕府に於ける歳末掃除の式例
  鎌倉時代に於ける貴族生活    
近代日本の公家生活と平安朝文化
  
鎌倉時代の服飾変化とその社会的背景   宮廷と一般民衆との接近
  白拍子管見              
風俗史より見たる御水尾上皇と東福門院
  風俗史上より見たる前期の茶道  上苑の西嵐
  南北朝時代に於ける茶会      
江戸時代の宮廷に於ける侍児の生活
  香道の成立とその発達について  
江戸時代に於ける公家階級の女子教育
  御湯殿之上日記について      俗信の歴史的生命
  鞠塵御袍考              
江戸時代の公家階級に行われし信仰の二三について
  山科家の装束抄について      絵島事件考
  
服飾に現れたる室町時代の社会的傾向   絵島事件補考
  平安朝に於ける民間の歳事一斑  蓮華王院通考

  以上の項目を見てもらうとわかる通り、現在では多くの書物に掲載
されているものが見受けられるが、一冊に纏まったものはほとんど見る
ことが出来ない。そういう意味で、本書は数少ない参考書の一つと言え
そうだ。取上げたテーマについても、項目ごとに、より深く研究すれば
違った展開も期待できるといえる。説明の中で、多くの引用資料を紹介して
いるのも親切である。原典に戻って別の角度から研究するのも面白い。
ここに紹介されていない資料を新たに発掘することも必要であろう。古の
風俗は、日一日ごとに消えていってしまうので、残せるものは早くから手を
打つべきである。本書に紹介されているものは、氷山の一角であることを
現代人は強く認識すべきであろう。
  本書が発行された時代には、風俗史に関する雑誌がいくつか発行されて
いる。明治時代に発行された「風俗画報」
(東陽堂)、大正時代に発行された
「風俗研究」
(風俗研究会)、昭和に入って発行された「日本風俗史講座」(雄山閣)
風俗史の専門誌ではないが関東では「江戸」、関西では多くの風俗史に
関する記事を掲載している「上方」
(創元社)などはその代表的なものであろう。
  ”平安朝の染織工芸”では、染織技術が海外、特に唐から伝わった事が
詳しく記述されている。
  ”平安朝に於ける民間の歳事一斑”は、民間の歳事については、ほとんど
伝えられていないという事で、この項目で紹介している。”四方拜”、”戴餅”、
”六日の祝賀
(六日年越)”、”吉方詣”、”初午”、”桜会(加茂桜会)”、”雙輪寺会(清遊会)”、
”石塔会”、”端午”、”雲林院菩提講”、”東大寺千花会”、”元興寺萬花会”、
”七月七日”、”文殊会”、”盆供”、”観月”、”九月九日”、”十三夜観月”、
”東北院念仏会”、”勧学会”、”北辰獻燈”、”禅林寺会”、”宮桃ユ”、”追儺”と
数多くの歳事がある。その多くが寺院で開催されるか仏教に関する行事で
ある事がわかる。
  ”御湯殿之上日記について”は、当時の宮廷風俗の研究には欠く事の
できない史料である、と述べている。この日記は、女官の公務日記であり
個人としての日記ではない。文体は、殆ど統一された”宮廷式現代文”で
書かれている。”御内儀”の語彙を研究しようとするものは必読書である、
ことを強調している。本書は女性が記述したことであるため、女性の装束に
ついては詳しく記述されているが、男性については多くかかれていない。
また、禁中遊興の様子についても多く記述されている。歳時については、
@閏正月の作法、A七夕花使、B月見の慣例、などが紹介されている。
  最後の項目で、”絵島事件考”、”絵島事件備考”を紹介している。この
事件に関する歴史的な史料は世に多く出まわっているが、俗本がほとんどで、
信頼すべき史料は非常に少ない、とのことである。本書では、18種類の史料を
列記しているが、「及聞秘録」を最も信憑性のあるものとしている。(池田)

(桜井 秀著、昭和4年、寶文館)

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