特別閲覧室(No.6)

花だより」
(湯浅 明著)


  この本は、昭和60年に発行(自費出版?)された植物に関するエッセイ風の
解説書である。著者は東京大学教養学部名誉教授であった湯浅 明氏である。
氏は生物学者から多方面より見た植物を一般の人にもわかり易く説明している。
植物図鑑による解説は、とかく硬い表現になり専門用語を多く使っているが、
本書は、専門用語を使用しているが、文章が平易で花に関する歴史、風物、文学
からの引用(短歌、俳句)、など幅広くエッセイ風に仕立て、通常の植物図鑑にはなく、
非常に読みやすくしている。内容は異なるが、「英米文学植物民族誌」
(加藤憲市著、
冨山房)と比較できる本である。枕元に置く読み物としても軽く流せる内容のもので
ある。
  また、花のイラストが全ての植物についているのも親切である。欲を言えば、
50音順のインデックスを付け、イラストはカラーにしてほしかった。
  この文章を書いているのが5月なので、5月の項目からいくつかを見てみよう。
”ユリノキ”が最初に紹介されている。5月の呼び方から、5月の季語、5月に咲く花、
などを紹介した後、”ユリノキ”を説明している。理学の専門家らしく染色体など
非常に細かいことまで書かれている。”葉の先を下方に向けてみた時、職人の着る
半纏
(ハンテン)に形が似ている”ことから、日本名”ハンテンボク”という名がついた
という。また”ユリノキ”の花がチューリップの花に似ていることから、学名に”tulipifera”と
命名されている。
  次は、お馴染みの”タンポポ”。関東地方には”カントウタンポポ”、関西地方には
”カンサイタンポポ”が多く、日本西部には”シロバナタンポポ”が多く分布している
という。また日本全体にはヨーロッパ原産の”セイヨウタンポポ”が広く分布している。
「本朝食鑑」では”多牟保保”の字を、漢方薬の辞典「和漢薬考」では”蒲公英”と
言っている。日本では、茹でたり油でいためて食しているが、フランスでは変種に
育ててサラダに用いているという。トルキスタン地方原産の種類はゴムの原料として
使われている。
  3番目は”アケビ”。”アケビ”の語源は、”開ヶ実”または”開肉”で、果実が開く意味、
または肉の裂けたさまからきているという。古名”阿介比加都良”
(アケビカズラ)という。
漢方薬では古来から利尿鎮痛、通経などに用いている。「和漢薬考」では”木通科”に
属するとし、処方でも”木通散”といっている。京都鞍馬の名物”木の芽漬”は、アケビ
の葉をニンドウ、マタタビの葉に合わせて細く刻み、塩水に浸け、陰干ししたもので
ある。
  4番目は6月の花”ツツジ”。ここでは、広瀬淡窓の末弟広瀬謙の漢詩の一節に
”ツツジ”について屏風に書いていることを紹介している。ここでは、”ヤマツツジ”、
”ウンゼンツツジ”、”レンゲツツジ”、”ミツバツツジ”、など多くのツツジについて
書かれている。またツツジは万葉集にも長短合わせて10首ある。万葉人が読んだ
ツツジはおそらく野生のものであろう。
  5番目は”アヤメ”。アヤメ科アヤメ属には4種類ある。”アヤメ”、”カキツバタ”、
”ハナショウブ”、”イチハツ”であり、”いずれアヤメかカキツバタ”というように区別が
つけにくい。本書でも4種類の違いを説明しているが、極めて分かりにくい。我々が
一般的に見ている”ショウブ”の花は”ここに出てくる”ハナショウブ”であるという。
万葉集には”あやめぐさ”が出てくるが、これは”ハナショウブ”であろう。また、
漢方薬でも”ショウブ”を”菖蒲丸”、”菖蒲散”、”開心散”などとして使用している。
  最後に、日本人に最も身近にある花のひとつ”キク”。本書では”キク”の起源
について、”シマカンギク”、”ノジギク”、”チョウセンギク”、”オオシマノジギク”、
”リュウノウギク”、”ウラゲノギク”などの間の交雑によるとされている。交雑は唐の
時代で、日本の延暦16年(797年)に中国から日本に渡来したという。この日本種の
”キク”は1680年代にオランダへ渡り、オランダではすぐに栽培していた。イギリスでも
この直後に”キク”を栽培していたことが文献に現れている。日本では”キク”に
関する宮廷、民間の行事は多くある。菊の紋章を皇室で正式に使うため、慶応4年
(1868年)太政官布告で菊紋の私用禁止令がだされた。”キク”は古来から食用にも
使われている。菊を食用にするのは日本と中国だけである。一般的に食べている
のは黄菊である。残念ながら”キク”は、万葉集には出てこない。日本には”キク”が
なかったわけではないが、貧弱な花であったためか歌にあまり読まれなかったようだ。
また、”菊酒”というのがある。中国には”中国菊華酒”があるが、日本にも”菊酒”が
ある。加賀藩では、菊川の両岸に菊が多く咲くため、この菊と菊潭水
(きくかわすい)
”菊酒”を造り、藩の名産として全国に販売していた。江戸時代の随筆「金曾木」にも
”酒呑童子枕言葉”(近松門左衛門作)として、”公時にさゝれければ、しゆふうといひて、
あたまなてハッハあつはれ御酒てそふよ、加賀に菊酒、南都にかすかゐ、湯殿の山の
つまかくれ、羽黒山の隣しらす、……”と”菊酒”が紹介されている。
  以上、思い付いたまま紹介させて頂いたが、本書には身近な植物が240種
紹介されている。興味がある方は一読してほしい。
(池田)

(湯浅 明著、昭和60年、東大新報出版局)

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