「霧の波紋」連載にあたって
      作者”白川零次”からのメッセージ

サラリーマン・リアリズムを追求して

  「朧(ろう)を得て蜀(しょく)を望む」 人間の欲望がつきないことを
言い表した中国の名言である。二千年の歴史の重みを感じさせる言葉だ。
  たしかに欲望は無限なのだろう。その本性は容易に消滅させえまい。
ただし一人だけの欲望が走り回る間はぎょしやすい。しかし一人の欲望に
数え切れないほどの欲望がからみ合うところに、鳴門のうず潮に見られる
ような波紋が広がる。
  自分の周囲をみてみよう。永田町から霞ヶ関、まさに黒い霧の波紋が
うずまいているではないか。そしてサラリーマンのよりどころである「ウチの
会社」もけっして例外ではない。
  ライバルをけおとし、万骨を枯らして社長になった。それでも欲望はなお
飽食をやめない。社長の欲望をみたしてやろうという大義名分のもと、
自らの欲望をみたさんがための後継者争い、そして後継者候補のどの馬に
乗るか、出番を待つ団塊の世代層の欲望、右を向いても左を見ても日常
茶飯の茶番劇だ。
  彼等みんな「ウチの会社」がタイタニック号であることに気づかない。
自分がしがみついている間は大丈夫とたかをくくっている。だが見たまえ、
いわゆる護送船団ずきといわれた大手企業の相次ぐ倒産劇を。その時
はじめて欲望のむなしさを知るだろう。
  サラリーマンがサラリーマン小説を書く。何を訴え、何を提案すべきか。
それは一言でいえばサラリーマン・リアリズムの追求である。
  職業的作家が自らの想像力とそれを若干補うためのインタビューに
よって描く観念的な企業小説とはまったく違う。ましてサラリーマン金太郎の
ようなマンガ物など論外だ。
  すべて40年に及ぶ自分の実体験と実見聞そのものを描くのである。
「霧の波紋」は、このような発想にもとづいて完稿した。皆さんそれぞれ、
「ウチの会社」を思い浮かべていただきたい。そしてサラリーマン・リアリズム
について、ネット上での大論争を期待するものである。          了

連載小説「霧の波紋」は、12月24日(日)からスタートします。
ご期待ください。


  白川零次PROFILE

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1936年韓国ソウル生まれ。東京大学法学部
卒業後、三井金属鉱業株式会社入社。ロンドン
事務所長、福岡支店長、営業部長等を歴任。
1996年から執筆、講演活動に入る。著書に
『ビジネスマン読本 司馬遼太郎』『同 松本清張』
『同 城山三郎』『泥舟の宴』等多数。