「史劇に学ぶ」                     白川零次著

第九回 天命を革
(あらた)

(前回からの続き)
  

  明治維新はどうか。徳川政権から薩長政権への政変、つまり政体の
移転があったことは間然とする所がない。だが、最も肝心な国体の
変革はどうか。たしかに江戸幕府を頂点とする幕藩体制から形式上、
天皇を頂点とする尊王体制へ脱皮した。しかし、実体的に明治天皇に
よる王政復古説を強調する論説は現実的ではあるまい。
  さらに、イデオロギーの問題。フランス革命やロシア革命のように、
市民やブルジョア階級から湧き上がった階級闘争的正確はほとんど
見られず、士農工商のトップである士族間の覇権争いという性格が
強い。上からの改革によって旧体制の本音は温存された。有司尊制に
よる中央集権化や、我が国特有の島国支配思想にその片鱗を見る。
  このように明治維新の近代革命性については否定的な側面が多い。
その後の日本人形成により大きな影響を与えたのは、むしろ国内の
変革よりも、「開国」だったのではないか。
  江戸時代、鎖国で自分の生活範囲しか知らなかった日本人は、
開国で見初めた欧米の文明にくらべて、自分たちの貧しさに恐れ
おののいた。
  明示以降、貧しさからの脱出が、他国からは狂気とも見える勤労
エネルギーを生み出す。今日、経済大国とおだてられながら、個人的
には心底から豊さを実感できず、ひたすら働き続けるのは、貧しさへ
逆戻りするのではないかという恐怖心があるからだろう。
  貧しさからの脱出欲望は、日本人特有の出世意識をはびこらせた。
個人としてよりも集団の力で多を出し抜くために、派閥尊重と権力
志向に走り、他人より少しでも多くの利益と権力の分け前にあずかろうと
する。豊かさへの欲求は、「和魂漢才」、「脱亜入欧」に象徴されるような、
豊な(強い)国への追従と模倣に傾倒し、一方、より貧しい(弱い)国へは
優越感と蔑視でもって、侵略の意図をあらわにし、同化政策を強要した。
  このような歴史的背景は、現在、政官財界における数々の不祥事の
温存となり、また企業内においては、リストラ=弱者の首切りを、「一将
功成りて万骨朽る」と空嘯
(そらうそぶ)いて、、正統化しようとする。
そして、そのような大人の姿を見慣らされた子供達の世界では、いじめや
学級崩壊を日常化させている。
  中国の易性革命には、近代革命的要素はほとんどない。孟子は次の
ように説諭する。
「王よ、君主に過ちがあれば大臣は諌
(いさ)めるべきです。もし何度
諌めても聴き入れられない時は、君主をとりかえるか、あるいはその国
から立ち去るべきでしょう。」
  企業不祥事の度毎に、旧経営トップ陣の告発逮捕が相次いでいる。
そうなる以前に経営の過ちを諌めて、トップを取り替えたり、見切りを
つけて会社を去る側近がいなかったのだろうか。自らの組織の正義が
社会の正義と勘違いする社会がはびこる会社は、いずれ易性革命に
よって崩壊の悲劇を味わうことになろう。

天命を革(あらた)は今回でおわりです。次回は「革命のエネルギー
をお送りします)


  白川零次PROFILE

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1936年韓国ソウル生まれ。東京大学法学部
卒業後、三井金属鉱業株式会社入社。ロンドン
事務所長、福岡支店長、営業部長等を歴任。
1996年から執筆、講演活動に入る。著書に
『ビジネスマン読本 司馬遼太郎』『同 松本清張』
『同 城山三郎』『泥舟の宴』等多数。