地方史資料の紹介(No.3)

墨東外史 すみだ」(墨田区役所)


  本書は、墨田区制20周年記念行事の一環として昭和42年に刊行された
ものである。内容としては、”はじめに”のなかで、既刊「墨田区史」編纂の際、
紙数の都合で掲載できなかった貴重な資料や、その後発見されたものを
整理し、特に近世に重点を置いて興味ある史実を選んだのである、と記述
している。
  本書は、目次を含めて1,542ページに及ぶ大著なものとなっている。目次を
次に紹介しよう。(番号は小生が勝手に付けさせてもらった)
 1.地誌の巻
 2.くさぐさの記録の巻
 3.すみだ川の風趣の巻
 4.四季おりおりの巻
 5.ひとびとの巻
 6.まちのたたずまいの巻
 7.むかしがたりの巻
 8.物産と産業の巻
 9.わざわいの巻
 10.公園と庭の巻
 11.料亭とたべものの巻
 12.色ざとの巻
 13.雑録の巻
となっている。どの項目を取ってみても、なかなか面白いものが多い。
  ”地誌の巻”は、15誌から墨田地区のことが記述されている部分を紹介
している。「本所雨やどり」
(加藤敬豊著)は、本所の名所旧蹟の由来、隅田川に
関することを巡覧筆記したものである。川の眺望、涼み風景、駒止橋、片葉の
あし、石原の椎の木、多田薬師、番場、竹町の渡し、浜屋敷、牛島中ノ郷、
小梅代地町、業平竹、業平塚諸説、業平川、十間堀、など数多くの場所の
説明を行っている。地誌については、15誌の中から該当する所を読むと
当時の姿が蘇るようだ。
  ”くさぐさの記録の巻”は、主に古文書からの抜粋である。明治時代の
ものとしては、”明治憲法発布奉祝の記録”、”北十間川開さく記録”、
”米騒動”
(大正7年)、が載っている。
  すみだ川の風趣の巻”のなかに、”隅田川の船いろいろ”という項がある。
18種類もあることに驚いた。”隅田川の橋”、”両国の花火”、6ヵ所ある
”隅田のわたし場”、文学作品では「水の東京」
(幸田露伴著)、「向島」(永井荷風著)
「幇間」
(谷崎潤一郎著)、「大川の水」(芥川竜之介著)、「隅田川春色」(山口青邨著)
「大川」
(中島 保著)、「都の夜のある如く」(高見 順著)などの作品に隅田川に
ついて書かれている。
  ”四季おりおりの巻”は、江戸時代は多くの随筆集、人情本、明治以降は
新聞、雑誌、案内書などから引用している。
  ”ひとびとの巻”では、英 一蝶、葛飾北斎、藤田東湖、成島柳北、
河竹黙阿弥、栗木鋤雲、勝 海舟、斎藤緑雨、榎本武揚、依田学海、
西澤仙湖、伊藤左千夫、関根金次郎、澤田正二郎、堀 辰雄、春風亭柳好、
など数多くの有名人が紹介されている。成島柳北は永井荷風の日記
”断腸亭日乗”にも正月元旦の雑司が谷墓地への墓参に散見される名前
である。
  ”まちのたゝずまいの巻”では、外国人が見た幕末、明治初年の向島、
両国付近のことを、総武線開通当時の錦糸町、また昭和初期の本所・両国に
付いては”大東京繁盛記”
(芥川竜之介著)をおよそ30頁に亘って紹介している。
  ”むかしがたりの巻”では、”あのころ このころ”と言う形で想い出話
として、昭和32年に取材した座談会の話がいくつか地区別に紹介されている。
出席者は、40歳台から70歳台までの幅広い方々の話である。また”ききがき”
では、”廃仏棄釈と本所五ツ目のさゞえ堂”、”本所にかくれた彰義隊”、”長命寺
桜餅のお花さん”、”向島ところどころ”などを紹介している。
  ”物産と産業”では、本所の”瓦師”を紹介している。江戸の瓦焼業は
本所が名高く、且つ、大量生産地であったといわれている。また、水路の
関係から江東の東・西葛西領が一番であり、産地との関係から”せんざいもの
市場”として、”野菜市場”が発展した。”菓子のいろいろ”で桜餅、おはぎ、団子
などがあるようだ。
  ”わざわいの巻”では、江戸時代に起きた洪水が多く紹介されている。
特に享保13年(1728年)の洪水は、最も被害が大きく、両国橋・新大橋など
多くの橋が流失、江戸市中が水浸しとなり多くの死傷者がでた。48年後の
天明6年(1786年)に関東一円を襲う大洪水が起きた。明治に入ってからも
何度となく洪水に襲われた事が記されている。その後、荒川治水計画により
荒川法水路が建設され大きな洪水は回避されるに至った。”震災”としては、
地震により発生した火災による被害が甚大であった。本書では、”安政2年
(1855年)大震災”について、”瓦版のはやり唄”(三田村鳶魚編)、”安政乙卯
武江地動之記”(斎藤月ュ著)、”藤岡屋由蔵日記”(東京市史稿)で詳細に
紹介している。また、関東大震災は、”大正12年(1923年)大震災の記録”の
項目のなかで、”大正震災史”、”東京震災録”で非常に詳しく紹介している。
太平洋戦争における”戦災の記録”は、”戦災日誌”、”戦災後日物語”で紹介
している。最後に、”疫病の記録”は、コレラ、天然痘、ペスト、チフス、など
伝染病について記している。
  ”公園と庭の巻””料亭とたべものの巻””色ざとの巻”、”雑録の巻”
については、ここでは省略させて頂く。本所、両国など下町の風俗・歴史を
知る上で大変参考になる資料と言える。(池田)

(東京都墨田区役所、昭和42年)

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