「霧の波紋」(7)                 白川零次著

第二章 地塊の滴
(したた)

    (1)前回の続き


「やはり条件の良い方に……」
「いや山川グループ全体の事も考えねば……。」
  目黒工場移転問題について、こう言った当り前の議論が常務会メンバーの間で
ポツリポツリしかも延々と交わされた。誰もが大場会長の顔色を盗み見しながらの
発言である。
  大場均会長は今年六十九歳、社長五期十年、会長になって三期目即ち五年半
という長期政権だ。月岡社長の退任は公然の事実として社員の間で噂されているが、
大場会長の去就については今一つはっきりしない。ただ一年ぐらい前から“社内の
刷新を計る必要あり”と大場本人がはっきりと公言し始めていた。だから今年六月の
株主総会で、月岡社長と同時退任するのではないか、という説が最有力となって来ている。
「条件を細かく検討する必要もあるが、早く腹決めする必要もあるのではないかな。
とにかく目黒の地価は高くて税金がかなわんからのう。早く新天地で落ちついて腰据えて、
生産と研究をやってもらいたい。何しろ我が社唯一と言って良い優良事業ですからね」
  大場会長がいつもの野太い声で、静かだがはっきりした口調で発言した。一同一瞬
静まりかえる。
  取締役になりたての昭和五十年前後までは、むしろスマートな紳士と言われていた
体躯が、社長になった十五、六年前から徐々に太り始めてデップリ型に転じ、今では
その貫祿に誰も対抗し得ないような風格を大場は備えている。
「それでは常務会としてなるべく早く、そうですね、一月末までに結論を出しましょう。
今月中はあと、そうか常務会は二回しかないですね。」
  司会役の月岡社長が大場会長にうながされるように、進行係の役目を果す発言で
しめくくって話題を変えた。
「ところで昨日福岡支店で自殺騒ぎがあったそうだか……。」
「これが夕べの九州日々新聞の夕刊です。」
  原田専務がB5版にコピーした新聞記事を皆に配った。僅か十五、六行の短い記事で
顔写真の掲載もない。“大手金属メーカー社員自殺”という見出しも地味な感じだ。
内容的には山川メタル福岡支店営業課猿渡富治さん(四十五歳)と実名入りであるが、
原因は“転職を苦にして”と報じられている。リストラとか首切りという直接的な表現は
ないが、取りようによっては“リストラを苦にして”と取れなくもない。
「外の新聞は抑えましたか。」
  と月岡社長。すかさず原田専務が、
「総務部長がすべて抑えました。これ以上どこにも出ることはないと思います。そうだね。
高品部長。」
「大丈夫と思います。」
  高品がつぶやくように答えた。

「ところで名古屋の山中君の容態はどうかな。」
  大場会長が福岡の自殺事件など無視したかのように話題をかえた。
  山中友人取締役名古屋支店長は実は末期癌なのである。彼は名古屋に単身赴任を
していたが、秘書室の取り計らいで半年前の夏、東京の山川記念病院に入院させた。
その時、“肝臓癌の末期的段階です”と原田専務は主治医から告げられた。
  山中支店長は若い頃から大場会長のお気に入りだった。原田が主治医の話を大場に
報告すると、会長は一瞬絶句した。
「そうか。本人には隠しておいた方がよいな。」
  しんみりとそれだけ原田に伝えた。
  この大場会長発言を“本人以外には言っても良い”と解釈して、原田はその次の
常務会でメンバー全員に話をした。但し、癌とは言ったが、まだ“末期”とは言わずに、
療養に相当時間を要しそうだから川谷常務取締役大坂支店長が当分の間名古屋
支店長代行になるとつけ加えた。
  大場会長は一瞬苦虫をかみつぶしたような表情を見せながら、
「ここだけの話にしておこうか。」
と釘をさした。
  この様に山中取締役の癌が専務の原田によって常務会で公表されたのは今から
半年程前だったが、大場会長の「ここだけの話にしておこうか」と言った時の不機嫌な
表情に、原田は何か不安を覚え、その日すぐ腹心の大井戸取締役営業本部長を呼んだ。

「どうも俵副社長派が天皇を抑えている気配がするんだが……。」
  原田は大井戸に謎かけのような、だが問題の焦点をずばりとつく質問を投げかけた。
頭の回転が早い大井戸は原田の気持と大場会長のスタンスを瞬時に悟ったかのように
答えた。
「会長は恐らく山中支店長の癌宣告で身心共に弱気になったのでしょう。恐らく来年の
総会で引退すると思いますよ。ただし、会長は辞めても院政を引くおつもりでしょう。
そこですね、その上皇をこちらに取り込み政権を握るためには、ただただイエスマンで
ありさえすればという考えは甘いかも知れません。会長の弱点を握った方が勝ちを
制するのではありませんか。」
「そうだな、大井戸君、ちょっと一杯やるか。今夜築地の“あずさ”をとっておいてくれ。」
「畏まりました。」


(以下、次回に続く)

  白川零次PROFILE

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1936年韓国ソウル生まれ。東京大学法学部
卒業後、三井金属鉱業株式会社入社。ロンドン
事務所長、福岡支店長、営業部長等を歴任。
1996年から執筆、講演活動に入る。著書に
『ビジネスマン読本 司馬遼太郎』『同 松本清張』
『同 城山三郎』『泥舟の宴』等多数。