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「いいじゃないか、これで原田君……ところで発表はどうするかね。一々常務会や
取締役会にかけてると大変だよ。一気に新聞発表してはどうかね」
浜野秘書室長が持って来た原田の新役員人事構想を見た大場会長から数分とたたぬ
うち、原田にお呼びがかかり、一気に新聞発表してはどうかという次第になって
しまった。
「会長のお墨つきを頂けば鬼に金棒です。でも、いきなり新聞発表は如何でしょうか。
少なくとも月岡社長と俵副社長には事前に話しておきたいと思いますが。確かに
常務会や取締役会は新聞発表のあとにしょうかと思っております。」
「解った。君に任せよう。新役員人事の新聞発表には少し早過ぎる時期かも知れぬが、
今日わし等の引退と社長である君だけの発表だけで終わらせたからね。あとの役員人事も
なるべく早く公表した方が社内の人心が落ち着くんじゃないか。」
「解りました。遅くとも三月末までに新聞発表したいと思います。」
原田の気負いをそらすかのように大場は窓の外を見やりながら、
「そろそろ桜も咲く頃だな。我が家の庭にもたった一本だけど、もう綻びがぼちぼち
見えているよ。どうだい二人して花見にでも遊びに来ないかね。」
「ありがとうございます。」
声を出して言ったのは原田だけだった。浜野は三歩後ろで絶句していた。高校時代
応援団員だった、と言うそのいかつい体躯に似合わず浜野は物腰柔らかい男だ。原田が
浜野を振り返った時、浜野の太い眉の下の細い目に光るものを見た。が、浜野はそれを
かくすかのように深々と頭を下げた。
原田にとって長い、あまりにも長い一日がこうして終わった。
一旦は俵副社長に組閣大命が降りてからおよそ一ヶ月、絶対に逆転勝訴させる確信を
原田専務は胸に秘めてきた。
逆転のための布石も打てるだけ打った。中でも、山川地所の波江相談役との接近は
原田組閣大命に対する大場会長の最終的な腹決めを決定的にしたようである。
今日一日が馬鹿に長いと感じた原田だったが、落ち着いて考えて見ると寧ろ布石期間の
方が長かったのだ。その長期に亘る布石のおかげで、今日の一日はその締めくくりの
セレモニーに過ぎないのではないか。原田はそんな事を考えながら五本目の煙草に火を
つけた。
(以下、次回に続く)
白川零次PROFILE |
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1936年韓国ソウル生まれ。東京大学法学部 |