「神戸の本棚」                 植村達男著

第二十回 港恋し


  横浜の山下公園前の海上に、かつて北太平洋航路の花形船だった
「氷川丸」が繋留されている。先日、家族連れで氷川丸を見学し、甲板の
ベンチに腰かけて海を眺めているうちに、一つの記憶がよみがえって来た。
  15、16年前、私が神戸で学生生活を送っているときのこと、ブラスバンドの
仲間の一人が面白いアルバイトを見つけてきた。神戸港に入るアメリカの
客船、プレジデント・ウィルソン号を迎え、波止場で行進曲を演奏するのである。
大学オーケストラの管楽器奏者と合流し、合わせて15人ぐらいで「雷神」
「星条旗よ永遠なれ」「錨をあげて」などの曲を演奏した。
  船が着いてから、われわれアルバイト学生たちは甲板の喫茶コーナーで、
紅茶をごちそうになった。このとき、私は角砂糖を包んでいた船会社の名前の
入った包装紙を持ち帰ったことを記憶している。もしかしたら、私の古い日記帳の
ページに、船会社のマーク入りの包装紙が今でもはさんだままになっているかも
しれない。神戸を離れて十余年。私は時々ミナトが恋しくなる。
(次回は「歌謡曲『港が見える丘』と横浜の『港の見える丘公園』」を予定しています)

この原稿は、(株)勁草書房が出版した「神戸の本棚」(1986年10月5日第1版)に発表されたものを再掲示させて頂いたものです。

 植村達男PROFILE

1941年鎌倉市生まれ。1964年神戸大学経済学部卒業、
住友海上火災保険(株)入社。自動車業務部次長、情報センター長
著書に『時間創造の達人』(丸善ライブラリー)、『本のある風景』(勁草書房)ほか

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