「神戸の本棚」                 植村達男著

第三十一回 貴志康一のこと


  作曲家貴志康一の作品集(「歌曲集」「バイオリン曲集」)が、彼の出身校
である旧制甲南高等学校(現甲南大学)の関係者の手で出版され、このことが
新聞の小さなコラムに出ていた。私は約17年ぶりに貴志康一という人物の
名前を活字で読んだ。
  昭和36年1月15日、神戸国際会館で催された成人式の式典のプログラムの
後半に、貴志康一の名前があった。この日、バイオリニスト辻久子が貴志康一
作曲の「竹取物語」を他の数曲とともに演奏したのである。私は成人式を祝って
もらった多くの若者のなかの一人として、広いホールの中をリンリンと鳴りひびく
辻久子のバイオリンに耳をかたむけていた。それが「竹取物語」を聴いた最初で
最後である。したがって、メロディーはまったく記憶していない。ただ、その時の
清冽な印象と作曲者の「貴志」という高踏的な名字とが、なぜか私の記憶の底に
残っていた。
  前述のコラムはごく小さいものであったが、私は貴志康一について多くを知る
ことができた。彼はバイオリン曲のみならず、管弦楽曲をも作曲したことや渡欧して
フルトベングラーに指揮を学んだこと。「竹取物語」は湯川秀樹博士のノーベル賞
受賞式の会場に流れた曲であること等々である。
  私は是非もう一度「竹取物語」のメロディーを耳にしたいと改めて思った。この
思いをこめて、私は昭和52年12月21日付日本経済新聞のコラム「文化往来」欄を
切り抜いた。そして音楽関係の切り抜きをファイルしてあるスクラップ帳にとじこんだ。

  それから、1年半経った。貴志康一の名は、この間2度も私の前に現れた。
朝日新聞社発行の『旧制高校物語』の一分冊の中の甲南高等学校の項に数行の
叙述があった。また、テレビのモーニング・ショウのような番組で桂米朝と辻久子が
貴志康一の業績や思い出を語っていた。私が再び「竹取物語」を耳にする日は
刻々と近づいて来たのではなかろうか。


(次回は「懐かしのメロディー」を予定しています)

この原稿は、(株)勁草書房が出版した「神戸の本棚」(1986年10月5日第1版)に発表されたものを再掲示させて頂いたものです。

 植村達男PROFILE

1941年鎌倉市生まれ。1964年神戸大学経済学部卒業、
住友海上火災保険(株)入社。自動車業務部次長、情報センター長
著書に『時間創造の達人』(丸善ライブラリー)、『本のある風景』(勁草書房)ほか

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